大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ワ)3893号 判決 1992年1月31日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

高橋高男

被告

乙川二郎

丙沢春子

右被告両名訴訟代理人弁護士

石川善一

鈴木高志

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金五万円を、並びに被告丙沢は、原告に対し、右金員に対する平成三年四月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を、各支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一被告乙川二郎は、原告に対し、金一一〇万円を支払え。

二被告丙沢春子からは、原告に対し、金二一〇万円及びこれに対する平成三年四月七日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実

1  原告は、平成元年一二月二四日、被告丙沢春子(以下「被告春子」という)と婚姻の届出を了して夫婦となり、そのころ同居したが、翌平成二年二月二六日から、別居して生活するようになった。

原告は、同年三月二二日、被告春子を相手方として東京家庭裁判所に夫婦関係調整(離婚)の調停を申立て(同裁判所平成二年家イ第一四八八号事件、以下「本件調停」という)、同裁判所は、同年四月二日付けで、第一回調停期日を同年五月七日午後一時三〇分と指定した。

2  被告春子は被告乙川二郎(以下「被告乙川」という)を訴訟代理人と定め、平成二年四月二四日、被告春子を債権者、原告を債務者とし、請求債権として、原告が被告春子に対して自己が性的不能症である事実を告げなかったこと及び原告が悪意をもって同被告を遺棄したことによる離婚に基づく慰謝料請求金一八〇〇万円の内金三〇〇万円、並びに離婚に伴う財産分与請求権金一二〇〇万円の内金二〇〇万円の合計金五〇〇万円を保全するためとして、原告所有の東京都北区栄町所在の木造二階建て建物に対する不動産仮差押を当裁判所に申請し(当裁判所平成二年(ヨ)第一四七七号事件)、当裁判所は、被告春子に代わり第三者被告乙川が同月二六日、株式会社東京銀行(内幸町支店)との間に金九〇万円を限度とする支払保証委託契約を締結する方法による保証の下に、翌二七日、不動産仮差押決定をなし、同年五月一日、その執行をした(この仮差押を以下「本件不動産仮差押」という)。

3  被告春子は、被告乙川を訴訟代理人と定め、平成二年四月二四日、被告春子を債権者、原告を債務者とし、請求債権として、前項と同一債権である離婚に基づく慰謝料請求権金一八〇〇万円の内金一二〇万円、並びに離婚に伴う財産分与請求権金一二〇〇万円の内金八〇万円の合計金二〇〇万円を保全するためとして、原告が多摩中央信用金庫(三鷹支店)に対して有する定期預金、通知預金、普通預金、別段預金、当座預金の各債権のうち右記載の順序で同種の預金は口座番号の若い順序で右金二〇〇万円にみつるまで債権仮差押を当裁判所に申請し(当裁判所平成二年(ヨ)第一四七九号事件)、当裁判所は、被告春子に代わり第三者被告乙川が同月二六日、株式会社東京銀行(内幸町支店)との間に金二〇万円を限度とする支払保証委託契約を締結する方法による保証の下に、翌二七日、債権仮差押決定をなし、同年五月二日、その執行をした。その結果、原告の右信用金庫に対する普通預金三五万六四八三円、定期預金一一〇万円が仮差押された(この仮差押を以下「本件債権仮差押」という)。

4  当裁判所は、原告の申請に基づき、本件不動産仮差押及び本件債権仮差押(以下まとめて「本件仮差押」という)について起訴命令を決定し、その結果、被告春子は、平成二年六月一九日付けで被告春子を「原告」、原告を「被告」とする左記請求の離婚等請求事件の本案訴訟を当裁判所に提起した(当裁判所平成二年(タ)第三四七号事件)。

(一) 被告春子と原告とを離婚する。

(二) 原告から被告春子に対し、金一二〇〇万円を分与する。

(三) 原告は、被告春子に対し、金六〇〇万円(慰謝料)及びこれに対する離婚判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  本件調停は、第二回調停期日の平成二年六月二五日、不調となった。

6  原告は、被告春子の右訴訟に応訴すると共に反訴原告となり、平成二年九月四日付けで被告春子を反訴被告とする左記請求の反訴訟請求事件を提起した(当裁判所平成二年夕第五〇一号事件)。

(一) 原告と被告春子とを離婚する。

(二) 被告春子は、原告に対し、金四〇〇万円(慰謝料)及びこれに対する離婚判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(右4及び6の訴訟を、以下「前訴」という)

7  前訴は、平成三年一月二二日、左記主文の判決があり、原告及び被告春子はそれぞれ控訴の申立をすることなく、同年二月六日、確定した。

(一) 被告春子と原告とを離婚する。

(二) その余の被告春子の本訴請求及び原告の反訴請求をいずれも棄却する。

(三) 被告春子の財産分与の申立てを却下する。

(四) 訴訟費用は各自の負担とする。

二争点

1  本件仮差押の執行は、不法行為を構成するか否か。

2  原告の損害如何

〔原告の主張〕

本件仮差押の執行による原告の損害は、合計金三二〇万円である。

(一) 弁護士費用 金一二〇万円

仮差押決定を早期に取消に導くため、弁護士高橋高男に平成二年五月二八日、訴訟行為を委任し、同日、手数料(着手金)として金七〇万円を、平成三年三月九日、報酬として金五〇万円を支払った。

(二) 慰謝料 金二〇〇万円

本件仮差押の執行によって、原告は精神的苦痛を受け、金銭にこけを見積もると、本件不動産仮差押、本件債権仮差押、各金一〇〇万円を下らない。

第三証拠<省略>

第四争点に対する判断

一争点1(本件仮差押の執行は、不法行為を構成するか否か)について

1 前記第二の一(争いのない事実)1ないし7の経緯で前訴が提起され、平成三年一月二二日、前訴判決があり、同年二月六日、右判決は確定したのであるが、証拠<書証番号略>によれば、前訴判決は大略以下のように判示して、本件仮差押の被保全権利として被告春子が主張する離婚に基づく慰謝料請求権並びに離婚に伴う財産分与請求権の存在を否定した。すなわち、

「被告春子が、性急に原告の性器不全や性器不能を言い立てて、性的体験の乏しい原告に著しい屈辱感を覚えさせ、婚姻後間もない時期にもかかわらず、しばしば飲酒して夜遅く帰宅するなど、原告の心情に対する配慮を示さず、さしたる理由もないのに社宅への転居を拒んで原告と別居し、原告をして、婚姻生活継続に対する意欲を喪失ないし減退せしめたことと、原告が被告春子の求めに応じて専門医の診断を受け、また、被告春子との対話に努めて、性的側面における被告春子の疑惑・不満を解消し、かつ、夫婦間の融和を図るための努力をせず、一旦は賃料半額の負担を約しながら、間もなく一方的に、被告春子が現住する本件マンション(注―原告、被告春子が新婚当初居住した東京都足立区伊興町の賃貸マンションのこと)の賃貸借解約の申入れをしたうえ、突如、被告春子に対し、離婚と慰謝料の支払を求める趣旨の調停を申し立て、被告春子をして、婚姻の継続を断念せしめたことなどの原因により、破綻に至ったものといい得るから、右破綻にかかわる責任は被告春子・原告の双方にあり、しかも、その責任の程度にも軽重はないといわざるを得ない。したがって、被告春子及び原告の本訴・反訴各慰謝料請求は、いずれも理由がないというべきである。また、原告に対する被告春子の財産分与請求については、これを肯認すべき事実関係を見いだすことができないから、失当として排斥を免れない。」以上のとおり判示した。

2  そうすると、他に特段の事情がない限り、仮差押申請人である被告春子に過失があったものと推定するのが相当である(最高裁昭和四三年一二月二四日判決〔民集二二巻一三号三四二八頁〕参照)。

3  そこで、右特段の事情の存否について以下判断する。

〔慰謝料請求権について〕

離婚に基づく慰謝料請求権の存否は、その性質上、外部的事情のみからでは容易に確定することができず、夫婦間の機微にわたる当事者双方の極めて微妙な主観的・精神的要素に踏み込んで判断されるものであるが、争いの渦中にある一方当事者に、裁判所の事後的・公権的判断と同様の客観的判断を期待することは、当然のことながら、甚だ困難であるというべきである。

そして、証拠(<書証番号略>、被告春子の本人尋問の結果)によれば、本件仮差押申請当時、被告春子は、原告の性的不全及びその吝嗇のために婚姻が破綻に至ったとの被害感情を強く有していたこと、及び原告から突如、一方的に離婚を求める趣旨の本件調停申立てを受けて、婚姻継続に対する熱意を失い、かつ、深く傷ついたことが認められ、右事実並びに弁論の全趣旨によれば、その当時、被告春子が右のように考えたことはもっともな点があったということを否定することはできず、また、被告乙川と相談の上、原告の先手を打って、慰謝料請求権を被保全権利とする本件仮差押申請をなしたことは、一概に不相当ということはできないから、前訴判決において、前記の判断のとおりの理由で結果的に慰謝料請求が認められなかったからといって、慰謝料請求権を被保全権利とする本件仮差押申請について直ちに被告春子に過失があると解するべきではなく、この点に関する限り、前記の特段の事情があるというべきである。

〔財産分与請求権について〕

既に説示したとおり、原告と被告春子の婚姻生活は実質二か月であり、本件全証拠を精査しても、その間に原告・被告春子が共同で取得した財産の存在を認めることはできず、その他財産分与請求権が被告春子にあることを窺わせるに足りる事情を認めることもできない。したがって、当裁判所も前訴裁判所と同様、原告に対する被告春子の財産分与請求については、これを肯認すべき事実関係を見いだすことができないといわざるを得ず、この点において、被告春子の過失を否定すべき特段の事情を認めることができない。

二争点2(原告の損害)について

右事実を前提に原告の損害を検討する。

1  弁護士費用について

証拠(<書証番号略>、原告本人尋問の結果)によれば、本件仮差押の解決を含む前訴、すなわち原告及び被告春子間の離婚紛争を早期に解決するため、原告は、平成二年五月二八日、弁護士高橋高男に訴訟行為を委任し、同日、手数料(着手金)として金七〇万円を、前訴判決確定後の平成三年三月九日、報酬として金五〇万円の合計金一二〇万円を支払ったことが認められる。

右事実によれば、右手数料等は、主として、原告及び被告春子間の離婚紛争である前訴、すなわち被告春子の提起した本訴についての応訴と原告の反訴提起及び追行の費用であることが明らかであり、既に認定説示したところに鑑みると、不当な保全処分というべき財産分与請求権を被保全権利とする本件仮差押と因果関係がある損害は、右手数料等のうち、金五万円と認めるのが相当である。

2  慰謝料について

本件全証拠をもってしても、右弁護士費用の賠償だけでは償えない程度の甚大な精神的苦痛を原告が被ったと認定すべき事情は認め難い。

3 前記第二、一の2及び3で既に説示したとおり、本件仮差押において、被告春子に代わり、被告乙川が、合計金一一〇万円の立保証をしているから、右に認定した損害額金五万円を被告乙川は、被告春子と共に支払う義務がある(被告春子については訴状送達日の翌日からの損害金の支払義務もある。)。

第五結論

以上の次第で、原告の請求は、主文第一項の限度において理由がある。

(裁判官片野悟好)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例